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タイトル
大内兵衛処分問題・河合榮治郎事件関係資料オオウチヒョウエショブンモンダイ カワイエイジロウジケンカンケイシリョウ

年代域
1937(昭和12)年度~1938(昭和13)年度

参照コード
F0255

記述レベル
フォンド

資料区分
歴史資料等

資料の規模
4点

作成者名称
東京帝国大学(庶務課)

組織歴_伝記的経歴
当時の庶務課は、秘書掛、文書掛、庶務掛、調査掛、外事掛の5掛で構成され、官印の管守、機密事項、人事関係、公文書関係、儀式関係、物品管理、諸規則等の制定、統計の作成、外国往復文書授受立案、外国人関係など、多岐にわたる業務を所掌していた。; 大内兵衛(1888年8月29日~1980年5月1日)は、1913(大正2)年東京帝国大学法科大学経済学科卒業。1919(大正8)年東京帝国大学経済学部助教授となるが、翌1920(大正9)年の森戸事件に連座し退職。その後、1923(大正12)年、本学経済学部教授として復帰するが、第二次人民戦線事件の一環として起きた「教授グループ事件」によって、1938(昭和13)年12月休職。戦後、1945(昭和20)年11月28日付で復帰。1949(昭和24)年3月、定年退官。; 河合榮治郎(1891年2月13日~1944年2月15日)は、1915(大正6)年東京帝国大学法科大学政治学科卒業。1920(大正9)年東京帝国大学経済学部助教授、1926(昭和元)年に教授となる。1938(昭和13)年、4つの著書が発売禁止となり、さらに土方成美(経済学部教授)らとの対立が激しくなり、いわゆる「平賀粛学」によって1939(昭和14)年1月28日休職処分。1944(昭和19)年病没。

記録史料伝来
人事課より大学史史料室へ寄贈

資料入手先
(人事課)

範囲_内容
昭和12~13年に発生した経済学部教授大内兵衛と河合榮治郎の思想学説による処分問題関係資料綴。各種上申書、著書概要ほか参考資料類。

評価_廃棄
していない

追加受入
予定なし

利用条件
要審査

著作権_複写に伴う条件
著作権保護対象資料あり

使用言語
日本語

検索手段
アイテムリスト(item)

収蔵情報

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